軸の神様

一般

時節柄初対面でもマスクをつけたまま話すことが普通になった。むしろマスクを外して話すことが何かマナー違反になるかのようにマスクをつけたまま終始して鼻から顎までは白く形もよくわからないままどんな人なのだろうと疑問符がついたまま初対面をすませてしまうこともある。

 

頭とおでこと目だけでその人が誰かを判断出来るだろうか。自分には無理だ。無理だという自信がある。今では見かけなくなったが昔の古い刑事ドラマでは犯人の目撃者に聴取してモンタージュ写真を作るシーンがあった。顔を輪切りにして頭、おでこ、目、鼻、口、顎とそれぞれの部位のいろいろな写真を組み合わせ合成して犯人像を写真にするのである。観ていてスゴイなと思った。自分にはとても出来ない芸当である。知らない人をたまたま見かけただけで顔の特徴を、しかも顔の各パーツの特徴を説明し似た写真を選ぶ。とても出来ない。そう思った。

 

一方、マスクを通して相手の声を聞いてその特徴を記憶することは顔を覚えるよりは苦にならない。耳がいいというより声そのものの特徴だけでなく声のトーンとか響き、人となりを表す音調のようなものを全体的に把握しているのだろう。

 

きっと人それぞれ視覚的な記憶と聴覚的な記憶は違うのだ。モンタージュ写真をわずかな記憶から作り出す才能もざっとしたなんとなく残したおおまかな視覚的な記憶をたどって一つ一つ部分的なものへとたどりついているのかも知れない。

 

目が良いとか耳が聞こえるというのも身体検査のような数値に表せる客観的な能力よりもざっとした包括的でインデックス化出来ないようなおおまかな記憶力といったものがあるのではないか。

 

初めての職場で直接仕事を指導して頂いた上司はその道の神様と言われる人だった。具体的には船の推進軸の設計の業務だった。軸受けやギア。直接パーツを設計する場合もあるにはあるが主機のエンジンから推進器であるプロペラまでのシステム設計を受け持つ。特殊なところでは船尾管シールがあった。

 

ギア=歯車もある。ディーゼルエンジンでは低回転の2サイクルではプロペラの回転数に合わせて設計点を定めるので減速機は不要であるが、ガスタービンや蒸気タービンを主機にすると回転数が高すぎてプロペラの回転数に合わせることが出来ない。その場合減速機を主機に直結としプロペラの回転数に合わせることになる。

 

あるときスター型遊星歯車という特殊な減速機が時を置かずして2つの船に採用された。一つは二重反転プロペラ用でドイツのメーカだった。もう一つはTSL(テクノスーパーライナー)実験船でガスタービン直結でこちらは国内メーカー。

 

その両船の海上運転にその上司と共に乗船し試験に立ち会った。下船後2つの減速機について歯車の音で善し悪しを講評した。講評の中身は専門的でここで上手く表現出来ない。ただ、印象に残っていることがある。3ヶ月程度ずれのある両船の試験航海でギアの音をそれぞれ記憶しまるで同時に並べて比較したかの如くに評価するその記憶力が自分の理解を越えるものだった。それまで分からなかった軸の神様と言われる由縁をまざまざと見せつけられた気がした。

 

思うに我が上司だった軸の神様も耳の記憶力が優れていたのだろう。歯車の音は聴音棒という銅製の棒を歯車のケーシング(箱)に当て歯の当たりの音を聴く。歯の当たりの善し悪しが高周波に反映される(らしい)。

 

モンタージュ写真にしろ軸の神様にしろ目から入る情報や耳から入る情報、それら身体に入るインプットを脳のどこかに溜めて記憶として残す能力というものが確かにあるのだと思う。

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