初めから負け戦

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横浜港の岸壁に停泊しているダイヤモンド・プリンセスが毎日ニュースのトップで報道される日々が続いた。やっと収まったかと思ったら今は連日国内感染者が何人増えた、「クルーズ船」の何人を含めて全部で何人の感染者、、、と別の形で報道されている。

 

客船の船内で感染者がいた。2月前半の2週間3,700人ほどが船内に留め置かれた。この状況そのものから船内で感染が起き綜合的に負け戦となることは関係者の間では予想できたという。

 

船と船内の特殊環境を少しでも知っているなら予想予感したこの負け戦に激しく同意することになるだろう。

 

まず、法的社会的属性としての船を考えてみる。船には少なくとも船籍、船主、運行者(オペレーター)がある。例えば、公道を走る社用車を考えてみよう。日本国内であれば国内ルールを適用する。車を所有する会社がその車の持ち主。運転するのは社員かその会社が契約する契約者といったところだろうか。

これに対し、船の場合適用するルールは船籍で決まる。船籍はイギリス。船の持ち主はイギリスの船主P&Oである。船を操船し運行するのが運行者であるオペレーターでプリンセス・クルーズで米の会社である。

 

しかし、船は横浜に停泊している。では、日本の法律が適用されるのだろうか。答えは否である。これは空港の国際ターミナルを考えれば分かりやすい。日本から海外へ旅行する場合セキュリティを通過して出国管理Immigrationでパスポートに出国スタンプを押してもらう。そこを通過したら法的には国外なのである。空港はもちろん日本国土領内である。しかし、既にパスポートに押印されて出国管理を通過した段階で日本を「出国」したことになる。これは海外から帰って来たときも同じ。飛行機を降りて入国管理を通過して初めて「入国」したことになる。ここでも入国スタンプを押印される前は日本国外なのである。横浜に停泊している船の船内にいる限り日本国外で日本の法律が何でも適用出来る訳ではない。(どの程度適用出来るかは法律の素人である自分にはとんと分からないが。)

 

見えないウイルスと戦う条件として横浜停泊中のダイヤモンド・プリンセス船内がいかに不利であったか。船の所属、適用する法律などの国際的社会的条件が複雑であること、複雑であるが故に一つ一つの課題やアクションが手探りの状態でやらざるを得なかったことは容易に想像出来る。

 

不利な条件は法律や所属の問題だけでは終わらない。船内という特殊環境に由来する条件が更に問題を複雑にしている。また、船内の構造、システムは陸上のそれとは異なりこれまた特殊な環境である。

 

日本領土内にいながら日本の法律が適用出来ないダイヤモンド・プリンセス船内ではどんな法律が適用されるのだろうか。これについては自分は専門家ではないから知らない。ただ、船内で絶対的権限を持つのは船長である。例えば、船内で船長は逮捕権は持たないが(犯罪者を)拘束する権限はあると聞いている。船長は1人だから3千人を超える謂わば狭い一つの町で感染を制御する手段は限られ厳しい条件下であったこと、これも容易に想像出来る。

 

最後に、船の構造とインフラである。陸上の建物では当たり前のものが無い、あるいは不足しているのが船内である。通風(ベンチレーション)、電力、水、下水などのインフラが船内では特殊なシステムとなっている。

 

通風(ベンチレーション)は専門用語ではHVAC/Heating, Ventilation and Air Conditioning/暖房、換気、空調システムであり、新型コロナウイルスの感染を避けるための3密(密閉、密集、密接)のうちの密閉を回避するために換気を良くする様求められている。しかし、船内の換気は難しい。

 

船、特に客船は限られたスペースの中に出来るだけ客室やパブリックスペースを確保する。そのため客室や通路、その他のパブリックスペースの間を配管、配線、通風用ダクトが縦横無尽に張り巡らせている。謂わば、この配管などを如何に効率良く配置し客室の容量を広く確保するかが配置設計や艤装工事の腕の見せ所と言っても良い。

 

ここで通風、HVACについて考える。当たり前のことだが、船は洋上を走る。陸上とは違い大海原ではいくらでも新鮮な空気があると思えるかも知れない。ところが、無制限に新鮮な空気を船内に取り込める訳ではなく空気取り入れ口は最上デッキや船尾のごく限られたスペースからしか新鮮空気を船内に送り込むことは出来ない。出来るだけ客室にオーシャンビューを楽しんでもらうためにベランダや大きな窓を配置することで空気取り入れ口のスペースが制限される。それだけではない。洋上では新鮮な空気はイコール潮風である。いや、潮風というより塩風なのである。機械を扱ったことのある人ならすぐに分かると思うが機械にとって塩分は大敵。なので、出来るだけ船上の高い位置から空気を取り入れて少しでも塩分を少なくする配慮が求められる。更に、船内に一旦取り込んだ空気はフィルターなどを使って塩分を除去してから空調機器に送られる。空調で客室などに流す前に温度と湿度を調整する。実は、この空調機器に送られる空気は100%船外からの新鮮空気ではない。一部循環されている。なので船内で吸う空気は完全な新鮮空気ではなく船内循環空気と言える。

今回の新型コロナウイルスで有効な対策として盛んに訴えられている3蜜回避のうち密閉対策としての換気は客船内においては事実上ベランダやオープンデッキに出て新鮮空気を吸うしかない。これとても1日中外気に当たっている訳にもいかないので対策にも限界がある。そもそもベランダのない客室もある。従業員である船員はベランダのある部屋は与えられない。(その代わり、ではないが基本的に個室が与えられていてその点では2人部屋の客室より条件は良いが。)元々客船では換気を良くするというのは無理な要求なのである。(べランダの窓を常時開けていても反対側は船内通路に面したドアなので開けておくことは出来ない。そうなると風の通り道がなく十分な換気は期待出来ない。)

 

船内の通風・空調一つとってもいかに感染を抑えるにはあまりにも条件が厳しいことは分かってもらえただろうか。

 

その他の発電、汚水処理などについても通風と同様船の特殊環境、特殊条件が長期の岸壁停泊に厳しい。このことについては別途触れてみたい。

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